アキバBlogでこんな記事を見つけました。

【コラム・ネタ・お知らせ】 現代における消費というマナー(上)

らしくもなく、まともというか、考えさせる記事というか……。で、この記事を読んで思ったことをダラダラと書きます。

 以下、後半へ続く。




 さて、この記事がなかなか面白いです。

(個々人が簡単に作成出来、ネットという発信する手段が発達したため)需要に対するコンテンツの供給が過多になっております。(以下、斜線はリンク先より引用)

この部分は大多数の人が頷くところでしょう。実際私のような人でも発信出きているわけですし。ただ、ここで問題にしているのは、コンテンツの供給過多ではありません。私が三回ほどこの記事を読み直したのは実はこの勘違いで、問題にしているのは供給過多な状況ではなく、コンテンツのコピー行為、なのです。

ここで心配になってくるのが、コンテンツのクオリティ。

初めてここを読んだ瞬間、わたしゃ、肝を冷やしましたよ。クオリティの低いコンテンツは発信するんじゃない! って言われると思ったのですから。

 これ以降の流れをかいつまみますと、コンテンツのコピーが少ないお金で用意になったため、もともとのコンテンツに関わる人(パトロン)へ入るお金が少なくなった。その結果、コンテンツの製作者へのお金も少なくなり、コンテンツの質が下がる。結果、ユーザーは不満になり……という状況。さぁ、どうするかは次回へ続く、と。

 どうやらここでいうコンテンツは人気があったり、技術がすごかったりといったもので、私のようなものは全く論外のようです。安心……なんか釈然としないなぁ。

 さて、記事内の図を見て私はどうも首をかしげたくなりました。

出版社だったり、メーカーだったりが最初のパトロン役を務めて、結果論として出来上がったモノの売り上げを消費者の判断により対価として得るわけです

私が首をかしげた理由は、

メーカーは果たしてパトロンなのだろうか?

と、思ってしまったからです。

メーカーは製作者の支援者、後援者なのだろうか。

(エンタテイメントをもつコンテンツが)好きで好きで、もう自分の人生かけてでも、そういったモノを作り出す一助になってやろうという気持ちで生きている人間ですので

なるほど、確かに記者は製作者を支援しているのでしょう。ただ、資本主義のこの世界。どんな理想を掲げようとも会社である以上、最大限の利益を求めるはず。あのグーグルですらそうなのですから。故に、私は、

メーカーは製作者の出資者である

と、思うわけです。出資者の関係と支援者、後援者の関係は言わずもがなですが、小さいようで結構大きいと思うのです。

 他にも色々と思うところがありますが、まぁ、次回を読まないことにはなんとも、ね。
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