過労死白書が出たり、電通の社員が過労で自殺したりして労働について話題になってます。一貫して働きすぎだと思っている私としては歓迎したい流れですが、はたしてこのまま改善させるかは疑問なところ。なんでそう思うかをだらだら書いていきます。企業と働く人の双方からやっていきます。


企業について。企業は合理的に考えると以前書きました。それを前提で考えると、少ない人数か少ない出費つまり給料、もしくはその両方をなしとげたい。このとき注意するべきは人件費は経費であり、削減対象であるということ。コピー用紙と何ら変わらないのです。人を大切にするだとか、人財だなんて言葉に惑わされてはいけません。これらの言葉はコピー用紙の使い方にほんの少し注意してますぐらいの意味です。
だからこの認識を変える必要があるのです。経費は出費でしかなく回収できる可能性がある投資ではありません。人を経費から投資に変えるべきなのですが、今の企業を見ているとそんな気は更々ないのでしょう。企業にとって人を投資として考えた場合、あまりにも回収するのが遅すぎて話にならないと考えるはずです。合理的とは無駄なく効率的になのですから。
という訳で現状が改善されない企業側から見た理由がこれです。人は経費だから。契約社員や派遣社員など、形を変えてこれからも続いていきます。


次に働く人からみた変わらない理由。簡単にいえば、職場しか自分の場所がないということ。20代の人には理解できなく、30代になるとなんとなく見えてくるけど認めなくないことですが、職場しか自分の居場所がないというのは重要な問題です。自分たらしめる要素は人との繋がり、集まりのなかで発生します。
そして人は様々な集まりのなかで自分を保っています。それぞれの集まりは互いに強く干渉しないからこそひとつの集まりで倒れそうになったとき、別の集まりで支えてもらうことができます。自分を支える柱が集まりなのです。職場はその一つでほかにも家族や趣味の仲間、地域などもそう。少し前のネットもそうだったかもしれません。もしこれらの集まりがひとつしかなかったら? そのなかで自分が壊れたらどうなるか。
職場以外の集まりを作るべきですが、仕事に終われるとなかなかそうもいかない。でもなんとかしないといずれ「俺の頃はー」になってしまうから頑張らないといけないです。

そんなわけでだらだらと書いてみました。とてつもなく難しいことですが、何とかしないと。
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