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 PCの文字変換の仕方がいちいち変わってうざいです。

 ここ最近いろんなことを考えてしまうのですがその中のひとつとして音痴があります。世の中にはいろんな音痴があるように思うのです。言葉通りの歌が音痴。道を歩いていて方向がわからなくなる方向音痴。味がほかの人と変わっている味音痴。その中にどんなに頑張っても方向性が違う努力音痴というのもあるんじゃないかとそんなことを考えてしまいました。私なんてその筆頭のような気がしますが、良かれと思ったこと、こうすればもっとわかりやすくなるなど思いやった行動が実はそうではなくむしろやらないほうが良かったなんてことをやることを努力音痴と定義してみました。

 というのも、私の今の状態がまさしくそんな感じでして。これまでやることをしっかりやってきたつもりだったのにほとんど評価されてないなかったという事実を知って愕然としているのです。どうすればよかったのか、これからどうすればいいのか。私は全く理解できないでいます。ただたんに目の前のことをやってきたはずだったのに。まさしく努力音痴です。

 たいていの音痴は自分がそうであるということを自覚しずらいという特徴があります。歌にしろ、方向にしろ、いかにそれを自覚させて対策を講じるかということが重要になります。努力音痴と知った私はどうやって対策を講じればいいでしょうか。なんだか対策を考えれば考えるほどドツボにはまりそうですし、現にはまっています。思い切って努力をしないという選択をやっているのですがさすがにそうはいかない。それでは単なる怠け者になる。

 たぶん、才能と音痴の違いはそこにあるんだと思います。才能は自覚できる。音痴は自覚できない。才能は世の中や自分にプラスになるけど、音痴は世の中や自分にマイナスになる。才能の対義語は音痴なのかもしれない。
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Thoughts on スポンサーサイト音痴にもいろいろあるわけで。

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