読み終えましたよ、カゲロウデイズⅡ。そういえば、前作は読んだものの感想を書いてないのかもしれません。

 率直な感想として、面倒くせぇ小説だなぁ、といったものです。原因は簡単で、ひとつの話を前と後ろに分けてそれを分断した後、交互に読ませるようにしたからです。

 似たような話として、映画「バベル」があります。この映画は面白いので見て貰いたいのですが、こちらは複数の話が交互にからみ合って、最後につながっていくという流れです。もっとも、この辺りは私も好きで昔どこかにアップした武装神姫の二次創作でも使ってました。今読むと全く話が別々になってますが、投稿している時は飛鳥が主人公の話を切りがいいところまで書いた後、ハウリンの話を切りのいいところまで書いていって、最終的に終わらせる、といった手法です。見事に失敗しましたが。

 私の失敗談はともかく、そう見せることで話の多重構造を見やすくする、といったメリットがあります。ただ、これには絶対的な前提があるのです。私が考えるに2つ。ひとつめは、大きな話の中にそれぞれが組み込まれているということ。小さな川の流れが大河になり、海へとつながっていくように、順序はバラバラでも最終的には同じ話の終へと向かっていかなれければなりません。私の件の失敗は正しくそこだったわけですね。もっとも、もっと大きな物語(つまり海)を書く前に止まってしまったわけですが、まぁ、言い訳ですね。

 2つ目は、それぞれが別々の主人公であるということ。物理的、もしくは精神的に別々であるということでその話がつながった時のインパクトになります。いうなれば、実は二重人格でしたー、といったことでも問題ないわけです。こんな典型的なのはまず誰もか書かないでしょうが。ではそうではなかったばあいはどうなるか? つまり、ひとつの主人公の話を分けた場合、一体どんな作品になるのでしょう? その答えがこの、カゲロウデイズⅡにあります。

 いうなればこの小説は前編後編という流れを、

後編A→前編A→後編B→前編B、C→後編C

という風に書いているのです。そりゃ、わけがわからなくなるし、面倒くさくもなります。主人公の時間をおった同一性を見事に粉砕しているのですから。書いている方はわかるでしょう。しかし、書いている人にしかわからない。この小説のプロットはあなたの頭のなかにあるもので、読者の頭のなかにはないんですよ?

 更に持っといえば、終盤、主人公が突然変わり全く関係のない話になります。まぁ、それこそ、ボカロP生活の読みきり小説にあった、ページ数が足りないのよっ! ということなのでしょうが、だとしたら、前作のクライマックスから書いてくださいよ。前作の最後の方をひっくり返してしまったじゃないですか。しかも、そこへもつながってません。むしろ、前作ですっ飛ばされた遊園地のはないじゃないですか。これはエネの話だからこれでいんだよ。うん、だとしたら最後の最後までエネ目線で話を続けるべきです。え? そうすると色々と話が先に進む? だったら始めっから遊園地の話を前作で書いておくか、遊園地以降の話(前巻の終わりのシーン)を2巻の後ろにくっつけておくべきです。二度手間になってもくっつけておくことで、むしろそうして方が読者は、あれ? と思うじゃないですか。そうすることで大きな話の流れへとつながるわけですから。

 なんというかなぁ。話の内容云々よりもそんな普通は気にする必要がない話の持って行き方がえらく気になってしまった一冊でした。

 ……結局どんな本だよ、と聞かれても困ります。面白いの? と聞かれたら、ジグソーパズル的な面白さはある、と答えておきましょうかね。
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