いやはや、本当にメディアに出ずっぱりなミクさんです。しかしまぁ、なんだかこんなにでて、ほんとうに大丈夫なのか、と最近思ってしまいます。

 そんな中、Twitterで、広告代理店で不安がっている人は07年から進んでいない、といったつぶやきのリツリートを見て、なんだか考えこんでしまった次第です。

 確かにそうなのかもしれません。TBS騒動の時とは明らかに違います。少なくとも当時よりも社会がもつ初音ミクの認識はいいものになっています。なぜならうちの親が「これはPCで作った声なんだよな」と認識しているぐらいなのですから。そう考えると、ミク=キモオタのおもちゃという認識は意外と薄まっているのかもしれません。もちろん、電子音声がダメな人もいるでしょうが、そういったことも含めて考えても07年よりは誤解の少ない方へ進んでいるのでしょう。

 ただ、それでも不安が消えない。きっと彼らは私のことをロートルや老害としてみているかもしれませんし、それはそれで仕方ないことです。ただ、その老害の言葉もたまには耳を貸してもらいたい。私が感じているのは、

ただの消費コンテンツ

になってしまう恐れからなのです。

 現に今の状況でもその傾向はあります。動画に新曲を上げるとき、PVも一緒でないと再生されなかったりしてますし、一部のお気に入りの人しか見てなかったりしています。この曲は気に入った曲だから、MMDでPVをつくろう! とか、書いてみようとか、そういった作品がほんとうに少ないように思えます。例えば、千本桜なんかはほとんど、歌ってみた、です。歌ってみたが悪いというわけではないのですが、曲の内容から考えるにもっと広がってもおかしくないような気がしてならなかったのに、そうでもなかった。

 ニコ動内でも生産者と消費者がわかれているような気がしてならないのです。すべてがとはいわないものの、誰でも手が出せるのがボカロ界隈だったはずです。だから私が喋らせネタを作れているわけですし。それが、有名Pというような言葉みたいな、敷居ができてしまうのがとても悲しいのです。

 そしてその区分がメディアが取り上げ続けることで更にはっきりしてくる。やっぱり、それは違うんじゃないのか、と、思ってしまいます。

 初音ミクは唯一無二の存在ではない。うん、そういうことなんだけど、だけど、うまくまとまらないんだよなぁ。
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